ファミレスのドリアが教えてくれたこと
家で私が作ったものは、食べない。
でも、ファミレスのドリアなら食べる。
そんな時期がありました。
毎日毎日、
「何なら食べる?」
「これはどう?」
と考えて、作って、食べさせて。
それでも食べてもらえない。
もう、本当に疲れてしまって。
数週間、連日のようにファミレスに通ったこともありました。
ファミレスなら、食べてくれるから。
「やっと、食べてくれた……!」
嬉しさと安堵で、
空になったお皿を思わずスマホのカメラにおさめたくらいでした。
食べてくれない日々の中で、
「このまま食べられなくて、もし娘の体調が悪くなったらどうしよう……」
ずっとそんな不安を抱えていました。
空っぽのお皿を見たとき、
私はずっと、不安で、怖くて、孤独だったんだと気づきました。
もちろん、気になることはありました。
外食費もかかる。
栄養の偏りも気になる。
添加物だって気になる。
できることなら、
私が選んだ食材で、
家で作ったものを食べてほしかった。
「ちゃんとしたものを食べさせたい」
きっとそれも、親としての愛情だったのだと思います。
でも、あの頃の私は、
いつの間にか「食べる」ということを、
栄養を摂らせるためのものにしていたのかもしれません。
食べてほしい。
食べさせなきゃ。
これくらいは食べて。
そんな思いが強くなるほど、
「食べる人」の気持ちは、
どこかへ置いていかれてしまう。
ファミレスでドリアを前にした娘には、
「食べなきゃ」ではなく、
「食べたい!」
がありました。
その姿を見て、気づいたことがあります。
食べることは、
単に栄養を身体に入れることじゃない。
誰かに「食べさせられる」ものでもない。
おいしそう。
食べてみたい。
これ、好き。
もっと食べたい。
そんな心から湧いてくる欲求や、
喜びや楽しさも含めて、
「食べる」なんだ、と。
もちろん、栄養も大切。
身体にいいものを選ぶことも大切。
でも、その前にある
「食べたい」
という気持ちも、
同じくらい大切にしていい。
家で作ったものじゃなくてもいい。
毎日、完璧な食事じゃなくてもいい。
あの頃、何度も通ったファミレスは、
食事づくりに疲れ果てた私を助けてくれた場所であり、
娘の「食べたい」を、
もう一度私に見せてくれた場所でもありました。
食べることの主役は、
作る人でも、
食べさせる人でもなく、
食べる、その人。
mogmogレシピ®のレシピや商品も、
「これ、食べてみたい!」
そんな気持ちが生まれる一皿でありたい。
そして、食事をサポートする人にも、
「食べさせなきゃ……!」と
ひとりで頑張り続けるのではなく、
誰かに、何かに頼ることで生まれる、
心の余裕を届けたい。
食べる人にも、
支える人にも、
食事の時間が、
少しでも楽しみなものになりますように。
今日もどこかの食卓に、
「おいしいね」の笑顔がありますように。
(mogmogレシピ®︎スタッフなおみ:嚥下障害当事者者家族、介護食アドバイザー)
<mogmogレシピ®︎では、みなさんからのレシピ投稿もお待ちしています!!>
日々の食事でやっている工夫を、ぜひ教えてください。
その工夫が、同じことで悩んでいる誰かのヒントになるかもしれません。
会員登録は無料なので、ぜひ登録して使ってみてくださいね!

コメント (0)
この記事へのコメントはありません。
この記事へのコメントはありません。